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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)2808号 判決 1999年6月29日

控訴人

大和交通株式会社

右代表者代表取締役

北浦嘉蔵

右訴訟代理人弁護士

清水伸郎

河内保

小林裕明

玉越久義

金坂喜好

被控訴人

壇定利

右訴訟代理人弁護士

石川元也

鈴木康隆

佐藤真理

坂田宗彦

出田健一

藤木邦顕

宮尾耕二

主文

一  原判決主文一、二、五項を取り消す。

二  同一、二項に係る部分の被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  その余の本件控訴(原判決主文三項の取消しを求める部分)を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  原判決の引用、補正

1  当事者双方の主張は、次の二、三のとおり附加するほかは、原判決の「第二 事案の概要」欄(三頁一行目から三二頁一二行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

2  ただし、次のとおり補正する。

(一) 原判決五頁一行目の次に行を改め、「二二条四号 就業時間中は職務に専念し、みだりに勤務の場所を離れないこと。」を加える。

(二) 同一一頁七、八行目の「大和労組との締結した」を「大和労組との間で締結した」と改める。

(三) 同一七頁一、二行目の「平成六年二月一七日付け労働協約」を「平成六年二月改定の労働協約(<証拠略>)」と改める。

(四) 同一九頁一行目の「労働協約四〇条」を「労働協約(<証拠略>)四〇条」と改める。

(五) 同頁五行目、八行目の各「月額約三〇〇〇円」をいずれも「月額二八九〇円」と改める。

(六) 同三二頁二行目の「労働協約一九条」を「平成三年二月改定の労働協約(<証拠略>)一九条」と改める。

(七) 同頁五行目の「労働協約」を「右労働協約(<証拠略>)」と改める。

二  控訴人の当審補充主張

1  原判決の不当性

原判決が、本件スト、タクシーパレードが違法であり、被控訴人がカイナラ労組の委員長として本件スト、タクシーパレードを指導したものとして責任があり、懲戒処分の対象となることを認める限度では是認できる。

しかし、原判決は、そのような判断に至る前提事実の認定を誤り、本件違法スト、違法なタクシーパレード、被控訴人の中岡に対する暴行、脅迫につき、いずれも違法性の評価を誤っている。その結果、原判決は、本件懲戒解雇は懲戒解雇処分としての相当性を欠き、無効であると判断した点で、失当である。

以下、その理由を述べる。

2  本件スト(ピケ)の違法性

(一) 平成八年四月八日のスト(ピケ)

(1) カイナラ労組員らが、本社車庫出入口で人垣を作って塞いだ上、出庫しようとするタクシーの先頭車の前に立ちはだかったり、しゃがみ込んだりし、さらにはタクシーの前に長椅子を置いて腰掛けたりした。

(2) 控訴人から指示を受けた一部運転手(三名)が、他の営業所で乗務して近鉄奈良駅、JR奈良駅で客待ちしていた。ところが、カイナラ労組員らが、右三名の運転手に対し、公衆の面前で脅迫的言辞をもってタクシー乗務を断念させ、控訴人のタクシー運送業務を妨害した。

この点について、原判決は、脅迫の事実があったとは直ちに認め難いし、被控訴人がどの程度関与したかについての証拠もないという。しかし、スト下にあるカイナラ労組員らがわざわざ奈良駅まで駆けつけてきたことからしても、証拠上明らかというべきであり、かつ、ストに付随ないしその一環として行われたものであり、被控訴人に責任があることも明らかである。

(二) 同年四月九日のスト(ピケ)

カイナラ労組員らは、西ノ京営業所車庫の出入口を多人数で塞いだ上、出庫しようとする運転手らに対し、「アホ」「ボケ」「詐欺師」「盗人」などと暴言を吐き、出入口付近まで進行したタクシー前に背を向けて立ちはだかったり、座り込むなどした。

(三) 同年四月一五日のスト(ピケ)

カイナラ労組員らは、本社、西ノ京営業所、天理営業所の各車庫の出入口を多人数で塞いだ上、出庫しようとするタクシーの前に立ちはだかったり、座り込んだり、タクシーにもたれかかったりした。そして、本社車庫では、タクシーの前方にござを敷いて昼食をとったり、寝ころんだりする者さえいた。

(四) 本件ストによる損害

ストによる損害額の多寡についても、ストの違法性を評価するに際し重要な要素となる。ところが、原判決は、ストによる損害について全く言及していない。控訴人の本件ストによる逸失利益は一三〇万円余(控えめに計算しても三六万円)になる。これに加えて、無線による配車不能になったことによる損害(慰藉料)が一〇〇万円(控えめに計算しても四〇万円)ある。

(五) 小括

控訴人が被控訴人に対し、当初から一貫して本件ストが違法である旨厳重に警告し、抗議を重ねてきた。ところが、被控訴人は、以上のとおり、三度にわたり違法な本件ストを企画、指導、実践し、かつ過激な手段、方法へとエスカレートしていったものである。

本件スト(ピケ)が常軌を逸した異常なものであり、その違法性、企業秩序違反の程度が重大なものであることは明らかである。それ故、被控訴人は、刑事処分上も、威力業務妨害罪について、起訴猶予処分になっている。

3  本件タクシーパレードの違法性

原判決は、タクシーパレードが行われた時間とタクシー運賃が納金されたことをもって、企業秩序違反の程度は軽微であるという。しかし、右の点についても、以下のとおり、原判決は全く評価、判断を誤っている。

(一) 原判決は、タクシーパレードに参加したタクシーにつき、運賃が納金されていることを違法性を軽減させる理由の一つにあげている。しかし、タクシーパレード中の運賃が納金されても、組合活動に伴う施設管理権の侵害及び職務専念義務に違反する組合活動が行われた場合には、違法性を阻却しない。原判決は、施設管理権侵害及び職務専念義務違反による組合活動の性質を全く弁えていない。

(二) 本件タクシーパレードは、控訴人の営業車両一〇台を使用し、午後四時一〇分から五〇分頃までの時間帯に行われたものである。時間帯及び所要時間は軽視できないものであり、台数も一〇台で決して少なくない。原判決は、タクシーパレードによる施設管理権侵害の規模、程度を誤っている。

(三) さらに、本件タクシーパレードでは、「社会的公約を守り、賃金改善せよ」「賃下げなしの時短、認可条件を守れ」とのスローガンを記載した横断幕をタクシーに掲示していた。原判決は、控訴人が公共機関としてのタクシー事業者であることを忘却している。

4  中岡に対する暴行、脅迫

原判決は、中岡に対する暴行、脅迫について、被控訴人が「元盗人、わしは元暴力団や、なめたらただではおかんぞ」などと暴言を吐き、中岡のネクタイを掴むなどした行為が認められるが、ネクタイを引っ張った点、窓枠に頭部を打ち付けた点は認められないという。

しかし、原判決は、中岡の供述内容の仔細なずれと勝手な憶測をもって、中岡証言の信用性を否定し、その結果、被控訴人の中岡に対する右暴行行為を否定するものであり、容認できない。しかも、原判決の右認定行為だけでも、明らかに暴行罪、脅迫罪の構成要件に該当する。被控訴人は、刑事処分でも、暴行、脅迫について起訴猶予となっている。

そして、注意すべきは、中岡が平成八年四月八日のストに際して、控訴人の業務命令に従い出庫しようとしたことに対する報復や、同僚運転手への見せしめのために、被控訴人が中岡に対し暴行、脅迫をしたことである。控訴人がこれを見過ごせば、従業員としてまじめに職務に従事する行為でありながら、安心して控訴人の業務命令に従うこともできず、それでは職場秩序を保つことも困難である。

原判決のように、高々ネクタイを掴んだりしただけのことであるといって、無視できることではない。

5  新労働協約の成立、旧労働協約の有効性

(一) 控訴人は、平成五年一二月頃から、当時のカイナラ労組の中村委員長との間で、新労働協約の締結に向けて協議を進めた。しかし、平成六年一月に入って、カイナラ労組員のなかに、控訴人との労使協調路線を批判する者が次第に勢力をつけてきた。そのため、控訴人は、カイナラ労組との信頼関係を維持していくことが極めて困難な状況になると苦慮した。

(二) そこで、控訴人と中村委員長は、平成六年二月、次のとおり合意した。

(1) 平成三年二月改定の労働協約(<証拠略>、以下旧労働協約という)の更新を行わない。

(2) 平成六年二月改定予定の労働協約(<証拠略>、以下新労働協約)は成立させないこととし、一応印刷、製本した右労働協約書に記名押印しない。

(三) したがって、旧労働協約は、三年間の有効期間である平成六年二月一七日の経過とともに効力を喪失したし、新労働協約も成立しなかった。

6  地労委の斡旋辞退

原判決は、旧労働協約が期限の定めのない労働協約として存続していることを前提に、カイナラ労組が申請した奈良県地方労働委員会(以下、地労委という)の斡旋(旧労働協約三九条一項)を控訴人が辞退したことを問題とし、本件ストの違法性が軽減されるという。しかし、原判決の右判断は誤っている。その理由は、以下のとおりである。

(一) 旧労働協約の失効

旧労働協約は、平成六年二月一七日の経過とともに効力を喪失しているのであるから(前示5(二)(三))、この点で既に原判決の認定は誤りである。

(二) 平和条項の意味

仮に旧労働協約が有効に存続していたとしても、以下のとおり、原判決は旧労働協約三九条所定の平和条項の意味を逸脱し、控訴人が斡旋を辞退したことを過大に非難し、本件スト(ピケ)の違法性を緩和するという誤った判断に至っている。

(1) 右平和条項の意義は、控訴人とカイナラ労組は、地労委の斡旋及び調停不成立の場合のみ争議行為を行えるというものである。

カイナラ労組が平成七年一一月三〇日地労委に斡旋の申請をしたが、控訴人が同年一二月四日地労委に対し右斡旋を辞退した。すると、カイナラ労組は、右斡旋不成立の手続をとらないまま、平成八年一月二九日右斡旋申請を取り下げている。

(2) 控訴人がカイナラ労組の申請した斡旋を辞退したとしても、その斡旋は不成立とはなっておらず、また、カイナラ労組は調停の申請をしていないのであるから、本件ストは右平和条項違反のストと評価しうる余地がある。

控訴人が斡旋を辞退したことに重きを置く立場に立ったとしても、せいぜい斡旋及び調停の手続を経て不調に終わったのと同じ評価をし、平和条項に違反するものではない。

(3) いずれの考えが正当かはさておくとして、控訴人が斡旋を辞退したことを、本件ストが平和条項に違反していないと評価される理由にあげることができても、それ以上に、これをカイナラ労組が違法ストを行ってもよい、あるいは、本件ストの違法性を減少させる理由とすることはできない。

(三) 控訴人の誠実な対応

控訴人は、以下のとおり、地労委の斡旋辞退後、本件紛議を誠意をもって解決する努力をしている。したがって、その観点からも、控訴人が地労委の斡旋を辞退したことが、本件ストを特段正当化したり、違法性を軽減するものではない。

(1) 控訴人は、平成七年七月二四日付けの近畿運輸局長通達を遵守し、斡旋辞退後の団体交渉において、時短及び賃金引き上げにつき誠意ある回答(休日一日増で月額約六八〇〇円増)をし、大和労組と妥協した後は、同内容での仮払いをカイナラ労組員に行い、誠意をもって紛議解決の努力をしてきた。

(2) これに対し、カイナラ労組は、当初から一貫して月額一万六〇〇〇円もの賃上げを主張し続け、全く譲歩する態度さえ示さなかった。かかるストに至る経過に照らせば、カイナラ労組側の頑なな態度こそ原因が存するのであり、控訴人側には責任がない。

(3) 以上のことは、仮に、控訴人が、カイナラ労組申請の地労委への斡旋を応諾して、その席についた場合も同様であり、控訴人、カイナラ労組双方の態度は変わりようがなかった。

7  解雇協議条項の適用

(一) 旧労働協約の失効、新労働協約の不成立

旧労働協約は平成六年二月一七日の経過とともに失効し、新労働協約は未だ成立していないのであるから、そもそも、本件懲戒解雇については、解雇協議条項の適用の余地がない。

(二) 懲戒解雇協議条項の不存在

仮に新旧労働協約のいずれかが効力を有していたとしても、旧労働協約一九条、二〇条、新労働協約一八条は懲戒解雇協議条項を定めたものではなく、本件懲戒解雇には解雇協議条項の適用はない。その理由は、以下のとおりである。

(1) 旧労働協約

イ 旧労働協約一九条は、「組合員の休職、解雇の取り扱いは『甲』(控訴人会社)と『乙』(カイナラ労組)が協議して決める。」と規定している。

右「解雇の取り扱い」とは、解雇基準(解雇事由)を意味し、この解雇基準を労使が協議して定めるという趣旨である。個別具体的な解雇をする場合に、労使の協議を要する解雇協議条項を定めたものではない。

ロ 旧労働協約二〇条は、「『甲』(控訴人会社)は、業務の都合上『乙』(カイナラ労組)の組合員を解雇しようとするときは、『甲』又は『乙』と協議して決める。」と規定している。

同条は解雇協議条項を定めたものである。しかし、同条が定める解雇協議条項は、会社の「業務の都合上」の解雇に限定されており、控訴人側の事情により組合員を解雇する場合(その典型的なものが整理解雇)を指している。本件の如き組合員の責に帰すべき懲戒解雇については同条の適用がない。

(2) 新労働協約

新労働協約一八条は、「『甲』(控訴人会社)は、業務の都合上『乙』(カイナラ労組)の組合員を解雇しようとする場合、『乙』と協議しなければならない。」と規定している。

同条は解雇協議条項を定めたものである。しかし、同条が定める解雇協議条項は、会社の「業務の都合上」の解雇に限定されており、控訴人側の事情により組合員を解雇する場合(その典型的なものが整理解雇)を指している。本件の如き組合員の責に帰すべき懲戒解雇については同条の適用がない。

(三) 本件懲戒解雇には解雇協議条項の適用なし

仮に旧労働協約一九条、二〇条、新労働協約一八条が解雇協議条項を定めたものとしても、同条の解雇は普通解雇を意味し、本件のごとき懲戒解雇には適用されない。

懲戒解雇の場合は、組合員の有責行為(非違行為)を理由とするものであるから、恣意性が少ないこと、組合員に有責事由がある場合にまで組合との協議を要するとするのは、使用者の固有の権利である懲戒権をあまりに制約することになるからである。

(四) 本件懲戒解雇はカイナラ労組との協議を経なくとも有効

仮に、解雇協議条項が懲戒解雇の場合にも適用があるとしても、それは協議が意義を有する場合に妥当することであって、本件のように協議の意義が認められないことが明らかな場合には、協議を経なくとも解雇の効力は妨げられない。その理由は、以下のとおりである。

(1) 被控訴人のカイナラ労組における地位、違法な本件スト、違法なタクシーパレードにおいて被控訴人が果たした役割、カイナラ労組自身が一体となって違法な本件スト、違法なタクシーパレードをしたことからして、控訴人とカイナラ労組との協議は無意味である。

(2) 本件において、控訴人がカイナラ労組に対し、被控訴人(カイナラ労組委員長)の懲戒解雇について協議を申し入れても、カイナラ労組の意思決定は被控訴人において主導的に行われ、カイナラ労組の利害と被控訴人の利害とが完全に一致して、これを分離できない特殊な状況下にある。

三  被控訴人の当審補充主張

1  本件スト(ピケ)の正当性

(一) 原判決は、本件ピケの態様について、一部説得の限度を超え、正当性を逸脱した点があることは否定できないとした。この点は、以下述べるとおり、承服し難い。

(1) カイナラ労組員らが出庫しようとする車の前方に佇立する行為は、実際は説得活動にすぎないか、あるいはごく短時間や一瞬の行為であり、さらには単なる疲労から出た行為である。

(2) カイナラ労組の執行委員会では、「車の前に座ったり、寝ころんだりするな」という方針が確認されていた。カイナラ労組員らは、疲労からごく短時間しゃがみ込んだり、食事をとるために座り込んだりしたにすぎない。タクシーの前に座り込むという行動はごく一時的なものにすぎず、しかも出庫阻止とは無関係である。

(3) 外部支援者(労組員)が、四月一五日の本社ストの現場において、食後の休憩に、二分間ほど寝転ぶという行動をとったにすぎない。このときは出庫をめぐっての緊迫した状況ではなく、出庫を阻止するための行動ではなかった。

(二) 控訴人は、本件ストで、二三〇万円(予備的に七六万円)の損害を被ったという。しかし、仮に本件ストが違法と評価されても、控訴人の損害はわずか一六万円余に過ぎない。

2  本件タクシーパレードの正当性

就業時間中の組合活動及び営業車両の組合活動への使用については、<1> 当該組合活動が労働組合への団結権確保のために不可欠であること、<2> 右組合活動をするに至った原因がもっぱら使用者側にあること、<3> 会社業務が右組合活動によって具体的な支障を生じないこと、以上の三要件を充たすときは、正当なものとされている。本件タクシーパレードについては、右三要件を全て充足している。

そもそも、一〇台のタクシーをわずか四〇分間市民の利用に供することができなかったからといって、奈良市域のタクシーは一二一五台も認可されているのであるから、市民の足に著しい影響を与えたとは到底考えられない。それよりも、不誠実団交に終始し、そのためカイナラ労組に三日間にも及ぶストライキを余儀なくさせた控訴人の姿勢こそ、タクシー事業の公共性を忘却したものである。

3  中岡事件の真相

控訴人は、平成八年四月二十三、四日頃、被控訴人と中岡との間でトラブルがあったことを聞きつけ、これを暴力事件に捏造して、本件懲戒解雇を強行した。控訴人は、被控訴人さえ排除できれば、カイナラ労組は中心人物(求心力)を失って大混乱に陥り、あわよくば組合解散、第二組合への吸収という展望も開けるとの意図から、しゃにむに暴力事件の捏造に走ったのである。

4  新労働協約の成立、旧労働協約の有効性

(一) 新労働協約の成立

新労働協約は成立している。新労働協約に限って、署名又は記名押印という手続がされなかったとは考えられない。その理由は、以下のとおりである。

(1) 新労働協約書(<証拠略>)は、その表紙に「平成六年二月改定」と記載され、製本までされている。

(2) 平成六年二月当時は、中村がカイナラ労組委員長を務める御用組合の時代であり、被控訴人が委員長となったり、自交総連奈良地本へのオブザーバー加盟を決議することなどは、予期できない時期であった。

(3) 控訴人は、新労働協約が改定されたのと同じ平成六年二月に、従業員代表として中村委員長の意見書を添付した就業規則変更届を労働基準監督署に提出している。

(4) 控訴人とカイナラ労組との労働協約は、昭和五三年の締結以後再三にわたり更新され、無協約状態になったことがない。

(二) 旧労働協約の有効性

仮に新労働協約が成立していないとしても、旧労働協約には有効期間の定めがなく、かつ、労働組合法一五条三、四項所定の文書による解約手続がとられていないので、旧労働協約は有効に存続している。

5  地労委の斡旋辞退

(一) カイナラ労組が、新労働協約四〇条又は旧労働協約三九条(平和条項)に基づき、地労委に斡旋の申請をしているのに、控訴人が同斡旋を辞退している。控訴人の斡旋拒否によって斡旋が実質的に不成立になっている場合は、平和条項を定めた趣旨は既に果たされているのであり、それ以上に形式的手続を要求する合理性はない。

しかも、控訴人自らが斡旋を辞退し、実質的に斡旋不成立の状態を作り出しておきながら、地労委の不成立の手続がとられていないので、本件ストは平和条項違反だというのは、著しく信義に反する不誠実な主張である。

(二) 平和条項は労使双方の義務を規定したものであり、一方が斡旋申請に及んだ場合には、他方は少なくとも斡旋の席に着くべきことが当然に求められる。

しかも、新労働協約四六条(旧労働協約四五条)が、「『甲』『乙』の労働争議については、事業の公共性に鑑み、『労使協議会』『団体交渉』あるいは公の機関等を通じて、双方誠意をもって解決に努力しなければならない。」と規定していることに照らしても、斡旋拒否という控訴人の態度は、労働協約上の義務に違反するものである。

そして、ストライキの適法性を判断するに当たって、ストに至る経緯や背景事情が「諸般の事情」として斟酌されるのは当然であり、労働協約上の義務に違反する使用者の斡旋拒否が、それを契機として実行されたストライキの違法性を減少させるのも自明のことである。

ところが、控訴人は、控訴人の斡旋拒否が本件ストの平和条項違反を阻却するだけで、本件ストの違法性を減少させる理由とはならないという。控訴人の主張はまさに独自の見解といわなければならない。

6  解雇協議条項の適用

(一) 新労働協約一八条

新労働協約一八条は、「『甲』は、業務の都合上『乙』の組合員を解雇しようとする場合、『乙』と協議しなければならない。」と規定する。右「業務都合上の解雇」に、本件のような懲戒解雇も含まれる。整理解雇等のみを指すのではない。その理由は、以下のとおりである。

(1) 整理解雇に際して、使用者が労働組合と協議しなければならないことは、当然のことである。そのような当然のことを新労働協約一八条が定めたと考えることは、当事者の意思に反する。

(2) もし、業務の都合上の解雇は整理解雇を指すと解すれば、新労働協約一八条の解雇協議条項は、懲戒解雇のみならず、普通解雇の大部分も対象としないことになる。このような極めて例外的なごく一部のケースのみが協議の対象であると解することは、労使双方の合理的意思に反し、他に例を見ない異例の解雇協議条項である点で、経験則に反する。

(3) 懲戒解雇にも様々な事由があり、普通解雇と懲戒解雇の区別は困難である。これを単に形式上懲戒解雇の方式をとれば、直ちに労使協議の対象から除外するというのも、労働協約作成時の労使の合理的意思とは異なる。

(二) 旧労働協約一九条

旧労働協約一九条は、「組合員の休職、解雇の取り扱いは『甲』と『乙』が協議して決める。」と規定する。右「解雇の取り扱い」に、本件のような懲戒解雇も含まれる。これは、解雇基準を労使が協議して決めることを定めたものではない。その理由は、以下のとおりである。

(1) 旧労働協約一九条は、「組合員の休職、解雇の取り扱いは『甲』と『乙』が協議して決める。」と規定するのみで、文言上、解雇基準を労使が協議して決めることを定めたものと直ちに読み取ることは不可能である。むしろ、文言上は、休職に加えて解雇も協議して決めること、すなわち、解雇協議条項と理解することが自然である。

(2) 解雇基準(解雇事由)について労使が協議するのは当然のことであり、わざわざ労働協約を締結するまでもない。

(3) 旧労働協約一九条を、解雇基準(解雇事由)を労使が協議して決めることを定めたものと理解することは、就業規則の制定時期との関係で無理がある。

すなわち、旧労働協約は昭和五三年一一月に初めて制定されたものであるが、控訴人の就業規則は既に昭和三四年九月に制定され、昭和三八年八月以降何度も改正されている。休職や解雇の事由は、就業規則の最も重要な記載事項の一つであり、改めて労使が協議するまでもなく、既に就業規則に規定されていたのである。

よって、旧労働協約一九条は解雇協議条項に他ならない。

(三) 旧労働協約二〇条

旧労働協約二〇条は、「『甲』は業務の都合上『乙』の組合員を解雇しようとする時は『甲』又は『乙』と協議決定する。」と規定する。右「業務の都合上の解雇」に、本件のような懲戒解雇も含まれる。整理解雇等のみを指すのではない。その理由は、前示(一)(1)ないし(3)で説示したとおりである。

理由

第一認定、判断の大要

当裁判所が認定、判断する大要は、次のとおりである。

一  当事者、本件懲戒解雇

1  控訴人はタクシー運送事業を目的とする株式会社である。被控訴人は、平成四年六月控訴人にタクシー運転手として入社し、平成六年九月からカイナラ労組委員長である。

2  控訴人には、被控訴人が委員長を務めるの(ママ)カイナラ労組と、控訴人との労使協調路線をとる大和労組が存在する。

3  控訴人は、平成八年五月七日付けで、被控訴人を懲戒解雇した。

二  本件懲戒解雇事由の存在

被控訴人は、次の1(一)の違法なスト(ピケ)、2の違法なタクシーパレードを企画、指導、実行し、中岡に対し次の3の暴行、脅迫に及んだ。次の1(二)の営業妨害についても、被控訴人の指導によるものと推認できる。これらの行為は、控訴人の就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する。

1(一)  カイナラ労組員及び外部支援労組員らは、平成八年四月八日、同月九日、同月一五日の三回にわたり、控訴人の車庫でスト(ピケ)をし、控訴人の業務命令により大和労組員、非組合員らが乗務した延べ四五台のタクシーの出庫を実力で阻止した。これは正当な組合活動とはいえず、違法な争議行為であるといえる。

(二)  カイナラ労組員二名が、平成八年四月八日のストの最中に、駅前で客待ちをしていた大和労組所属の運転手三名に暴言を吐いて脅迫し、タクシー乗務を断念させて、控訴人の営業を妨害した。

2  カイナラ労組員は、平成八年四月一九日、「社会的公約守(ママ)り賃金改善せよ」などのスローガンを記載した大きな横断幕をタクシーの後部窓に張り付け、控訴人のタクシー一〇台で奈良市内を約四〇分間にわたり走行するタクシーパレードをした。

本件タクシーパレードは、控訴人の施設管理権を違法に侵害し、従業員の職務専念業務に違反し、控訴人の名誉、信用を毀損する違法な組合活動である。

3  被控訴人は、平成八年四月二一日、先のストに際して、控訴人から業務命令を受けて、車庫からタクシーを出庫させようと試みた中岡に対し、「元盗人、わしは元暴力団や、なめたらただでおかんぞ」などと暴言を吐いた上、中岡のネクタイを掴み引っ張るなどの暴行、脅迫行為をした。

右暴行、脅迫行為は、これも控訴人の企業秩序維持の観点からして、軽微なものとして放置しておくことはできないものといえる。

三  本件懲戒解雇処分の効力

1  控訴人、カイナラ労組間の新労働協約(<証拠略>)は、未だ成立していない。平成六年二月一八日以降も、旧労働協約(<証拠略>)が有効に存続していることが認められる。

2  被控訴人の前示二の各行為が就業規則七四条所定の懲戒解雇事由に該当する以上、懲戒権者である控訴人は、被控訴人を懲戒解雇に処することができる。ただし、同条但書により「情状によっては出勤停止に止めることがある」にすぎない。

懲戒権者である控訴人は、諸般の事情を総合して懲戒解雇処分を選択し、出勤停止を選択しなかったからといって、前示二の本件各行為その他諸般の事情に照らし、これが社会観念上著しく妥当を欠き、裁量を濫用したものとは認められない。

3  なお、控訴人は、旧労働協約の平和条項等の規定により、地労委の斡旋の席につくべき義務があるのに、地労委の斡旋を辞退している。しかし、この事実を考慮しても、前示二の懲戒解雇事由に基づく本件懲戒解雇処分が、懲戒解雇処分としての相当性を欠くものとは認められないし、懲戒解雇権の濫用により無効であるともいえない。

4  控訴人が、カイナラ労組の動揺と弱体化を企図した不当労働行為意思に基づき、本件懲戒解雇処分をしたものとはいえない。

5  旧労働協約一九条、二〇条は、控訴人がカイナラ労組員を会社の業務の都合により解雇する場合を定めたもので、懲戒解雇するに(ママ)場合にカイナラ労組と協議することを定めた規定(解雇協議条項)ではない。したがって、本件懲戒解雇処分が解雇協議条項に違反して違法であるとはいえない。

6  就業規則、旧労働協約には、控訴人が懲戒処分をするにあたり、被懲戒者に弁明の機会を与えることを義務づけた規定はない。また、控訴人には、被懲戒者に弁明ないし弁解の機会を与えるという慣行も存在しない。

このような場合には、弁明ないし弁解の機会を与えることにより事実認定、処分内容に影響を与えない限り、懲戒処分が違法になるものではない。そして、これがない本件においては、控訴人が本件懲戒解雇処分をするにあたり、被控訴人に弁明ないし弁解の機会を与えなかったからといって、本件懲戒解雇処分が違法、無効となるものではない。

四  まとめ

本件懲戒解雇処分は有効である。本件懲戒解雇は解雇処分の相当性を欠き、無効であると判断した原判決は、取消しを免れない。被控訴人の本訴請求(控訴人の従業員であることの地位確認、本件懲戒解雇時からの賃金支払請求)は、いずれも理由がないので棄却する。

第二争いのない事実等

原判決三頁七行目から五頁一〇行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

第三本件懲戒解雇に至る経過

前示当事者間に争いのない事実に、証拠(括弧内に掲記)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

一  当事者等、控訴人と労働組合との関係

1  原判決三三頁三行目から三五頁四行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

2  ただし、次のとおり補正する。

(一) 原判決三三頁一〇、一一行目の「自交総連奈良地方本部」を「自交総連奈良地方本部(以下、自交総連奈良地本という)」と改める。

(二) 同頁文末の次に、「カイナラ労組は、平成一〇年七月一五日、自交総連奈良地本に正式加盟した。」を加える。

二  平成七年七月の運賃改定認定後の団体交渉等の経緯

1  原判決の引用、補正

(一) 原判決三五頁六行目から四三頁一〇行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(二) ただし、次のとおり補正する。

(1) 原判決三八頁一行目の「同月二九日」を「同年一一月二九日」と改める。

(2) 同頁九行目末尾の次に、「そのため、カイナラ労組は、平成八年一月二九日、地労委に対する斡旋申請を取り下げざるを得なかった(<証拠略>)。」を加える。

(3) 同頁一〇行目の「その後」を削る。

(4) 同四二頁七、八行目の「その後の」から同頁九、一〇行目の「報告がなされている」までを、次のとおり改める。

「被控訴人代理人の佐藤真理弁護士は、回答書(<証拠略>)、報告書(<証拠略>)の中で、『奈良陸運局(ママ)の徳野輸送課長が、平成八年四月九日、同年六月一四日、佐藤弁護士に対し、左記のとおり説明した。』と記載している。

徳野課長は、前任の坪倉課長から、『坪倉課長が控訴人に対し、運賃改定に伴う労働条件の改善が不十分であると指導をした。』旨の引き継ぎを受けている。」。

(5) 同四三頁三行目の「労働協約」を「新労働協約」と改める。

(6) 同頁七行目の「ストの通告」から同頁八行目の「講じようとはせず」までを「ストの通告を受け」と改める。

(7) 同頁九、一〇行目の「にとどまった」を削る。

2  一二月二五日付け回答の評価

平成七年一二月二五日付け回答の評価について、控訴人は、運賃改定による六パーセントの増収確保を前提とした月額六八三三円の賃金増額であると主張する(別紙<略>(一)参照)。これに対し、カイナラ労組は、月額二八九〇円の増額にすぎず、時短による歩合給の減少を考慮すると、月額六七三四円の減額になると主張する(別紙(二)参照)。そこで、以下、一二月二五日付け回答について検討する。

(1) 一二月二五日付け回答によると、タクシー運転手の月間休日を一日増やし、月間労働日数を二四日から二三日に減らしたが、運賃改定により六パーセントの売上増収が可能であれば、月額六八三三円の増収となる(別紙(一)参照)。

ところが、カイナラ労組は、運賃改定が実施されても、一日当たりの水揚げは運賃改定前と変わらないことを前提に、月額六七三四円の減額になるという(別紙(二)参照)。

(2) しかし、平成七年八月一日の運賃改定では、タクシー運賃の七・三パーセントの引き上げが認められたのであるから、運賃改定後は運賃改定前よりも一日当たりの水揚げが増えることが十分予想される。

被控訴人自身も、同年一二月二五日当時、運賃改定後は、運賃改定前よりも、一日当たりの水揚げが六パーセント位増加しているという事実があった、と供述している(<証拠略>)。

現に、平成七年八月一日から一年間の一日当たりの水揚げは、前年に比べて六パーセント以上増加している(<証拠略>)。

(3) 確かに、その後は、不況の影響もあって、一日当たりの水揚げが減少している(<証拠略>、被控訴人本人)。

しかし、控訴人が平成七年一二月二五日付け回答をした当時は、運賃改定(平成七年八月一日から実施)後それまでの売上実績に照らして、運賃改定後は一日当たりの水揚げが六パーセント位は増加すると予想されていた。事実、その後も半年位は六パーセント位の売上増加を確保していたのであるから、その予想を前提に月額六八三三円の賃金引上と予想することには合理性がある。

(4) 以上によると、一二月二五日付け回答は、時短については、賃金引き下げのない公休日を一日増やしており、賃金改善についても、運賃値上前に比較して、賃金が月額約六八〇〇円増額することを内容とするものである。

したがって、右回答は、平成七年七月二四日付けの近畿運輸局長通達の内容を一応履行しているものと評価できる。

3  奈良陸運支局の事情聴取等

(一) 証拠(<証拠・人証略>)によると、次の事実が認められる。

(1) 平成八年三月九日、運賃値上の認可条件である運転手の労働条件の改善を実現することを目的として、カイナラ労組を含む奈良市域の四社五組合のタクシー運転手一五〇名で共闘会議が結成された。その議長には被控訴人が就任した。

(2) 共闘会議は、平成八年三月二一日から二二日まで、及び同月二六日から二八日までの二次にわたり、奈良陸運支局の構内にテントを張るなどして、同支局の行政責任を追及する(タクシー事業者に運賃値上の認可条件を守らせる)抗議の座り込みを実施した。

共闘会議は、奈良陸運支局に対し、<1> 奈良陸運支局の坪倉輸送課長は、行政責任を果たすまで京都支局への栄転を自粛せよ、<2> 賃金改善拒否会社の運賃認可を取り消せ、<3> 悪質業者追放のために、三年毎の有期免許とせよ、<4> 奈良陸運支局の責任で、労使同席の運賃説明を行え、と申し入れた(<証拠略>)。第二次の抗議の座り込みでは、三日三晩の座り込みを昼夜を徹し七二時間連続して実施し、右座り込み行動には、延べ二二〇名もの組合員やその家族、支援者が参加した(<証拠略>)。

このように、共闘会議は、過激な座り込み闘争を五日間にわたり展開した。そして、奈良陸運支局の対応次第では、第三次の抗議の座り込み行動を予定していた(<証拠略>)。

(3) その結果、奈良陸運支局は、平成八年三月二七日、共闘会議に対し、輸送課長名でもって、「労働条件改善に係る業界指導方針」と題する書面(<証拠略>)を交付し、次の各事項を約した。

イ 運賃改定に係る労働条件改善に係る業界指導に当たっては、当面、控訴人、服部タクシー株式会社、ひまわりタクシー株式会社の出頭を求め、実情について聴取する。

ロ 聴取の際には、次の二点について再度徹底指導を行うこととする。

(イ) 増収に関係なく時短を実施すること。その場合、賃金を下げることのないよう行うこと。

(ロ) 増収分は、確実に賃金改善に充当すること。

(4) 以上の経過を経て、奈良陸運支局の坪倉輸送課長は、平成八年三月二八日、控訴人の北浦専務を同支局に呼び出し、控訴人の運賃改定に伴う労働条件改善について事情聴取をした。

(二) 被控訴人は、控訴人が近畿運輸局長通達(<証拠略>)を遵守せず、奈良陸運支局輸送課長の「労働条件改善に係る業界指導方針」(<証拠略>)に基づく行政指導にも従わなかったので、やむなく、カイナラ労組は本件ストを実施したと主張する。

しかし、前認定(一)の事実によると、奈良陸運支局が、控訴人の運賃改定に係る労働条件改善が不十分であることを確認したことから、控訴人の責任者を呼び出し、事情聴取をしたものでなく、共闘会議の前示座り込み戦術の結果に基づくものといえる。

三  控訴人の賃金水準

1  原判決の引用、補正

(一) 原判決四三頁一二行目から四五頁八行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(二) ただし、次のとおり補正する。

(1) 原判決四四頁一〇行目の「営業収入に占める」を「被控訴人は、営業収入に占める」と改める。

(2) 同頁一一行目の「低いことが指摘されている」を「低いと主張している」と改める。

2  服部タクシーの賃金との比較

(一) 被控訴人は、カイナラ労組が本件ストに至った原因の一つとして、服部タクシー(控訴人と同規模の奈良市内のタクシー事業者)との賃金格差是正を求めるカイナラ労組の要求に対し、控訴人が誠意ある回答を示さなかったことを指摘する。

(二) この点について、前示1で原判決を一部補正のうえ引用して認定したとおり、原審での主張、立証では、控訴人の方が服部タクシーよりも実質賃金が多いのか、少ないのか、同一なのか不明である。当審でも、被控訴人は、(証拠略)を提出して、控訴人の方が服部タクシーよりも賃金が少ないと主張し、これに対し、控訴人は、(証拠略)を提出して、控訴人の方が服部タクシーよりも実質賃金が多いと主張していて、いずれとも認定しがたい。

(三) しかし、いずれにしてもそれは僅差であって、被控訴人が主張するように、控訴人と服部タクシーとの実質賃金の格差が月額二万円もあるとは到底認められない。むしろ、(証拠略)によると、ボーナスも賃金に加算し、一か月の所定労働日数を同一に修正すると(控訴人の方が服部タクシーよりも一か月当たり一日少ないため)、控訴人の方が服部タクシーよりも実質賃金が多いとの主張も捨て切れないものがある。

四  本件スト及びスト前後の団体交渉の経緯等

1  原判決の引用、補正

(一) 原判決四五頁一〇行目から五一頁一四行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(二) ただし、次のとおり補正する。

(1) 原判決四七頁末行目から同四八頁七行目までを全文削る。

(2) 同四九頁一二行目から五〇頁二行目までを全文削る。

(3) 同五〇頁三行目の「被告は」の前に「(三)」を加える。

(4) 同五〇頁一一行目から同一四行目までの全文を次のとおり改める。

「自交総連及びカイナラ労組は、同日のストの際、『動員いただいた方へ』と題する書面(<証拠略>)を準備し、同日のストに参加した外部支援労組員に右書面を交付した。同書面には、控訴人は、スト破りを繰り返し、タクシー乗務員を低賃金で働かせる悪質な会社であることが、過激な調子で記載されている。

しかし、その三頁中頃には、『<3>会社の出方に対し、厳しく抗議していただきたいと思いますが、暴力に訴えたりすることは、ストの目的に逆行することはいうまでもありません。』とも記載されている。」

2  本件スト(ピケ)の態様

証拠(<証拠・人証略>)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 平成八年四月八日のスト(ピケ)

本社車庫は、出入口が交通量の多い県道に面しているため、安全を期する必要から、タクシーの入出庫は一台ずつ行うことになっている。平成八年四月八日の早朝、中岡久夫、保田政信運転手(いずれも大和労組員)が、控訴人からの業務命令によりタクシーに乗車し、本社車庫から出庫しようとした。両運転手が出庫を断念した後、今度は、河村部長、巽課長、田村課長(管理職)の順にタクシーに乗車し、同じく本社車庫から出庫しようとした。

しかし、カイナラ労組員及び外部支援労組員らが、多数で人垣を作って本社車庫出入口を塞いだ上、出庫しようとするタクシーの先頭車の前に、被控訴人を含む数名の者が入れ代わり立ち代わり、立ちはだかったり、しゃがみ込んだり、或いはタクシーに寄り掛かったりし、更にはタクシー前に長椅子を置いて腰掛けたりした。

そのため、平成八年四月八日午前六時から午後一時三八分までのスト中、本社車庫からのタクシーの出庫は全く不可能であった。

島田三郎、室井茂、松山武雄の三運転手(いずれも大和労組員)は、平成八年四月八日早朝本社車庫に出勤し、同車庫からタクシーに乗務して勤務に就こうとした。しかし、右三運転手は、カイナラ労組員らのピケにより、同車庫からタクシーを出庫させることが不可能であった。そのため、同運転手らは、控訴人の指示により、急遽、ストの対象となっていない西ノ京営業所車庫、天理営業所車庫に回り、同車庫からタクシーに乗務して勤務に就いた。

結局、平成八年四月八日午前六時から午後一時三八分までのスト(ピケ)により、管理職三名がタクシーを出庫しようと試みたものの外、本社車庫のタクシー五台(全部が大和労組員運転)の出庫妨害がなされた。

(二) 平成八年四月九日のスト(ピケ)

西ノ京営業所車庫は、タクシーを二列縦隊で出庫することになっており、先頭のタクシー二台が出庫妨害をされれば、後続車も全て出庫不能になってしまう状況にある。河野亮一郎、吉村作郎運転手を先頭に、総勢一〇名の運転手(大和労組員が九名、非組合員が一名)が、平成八年四月九日の早朝、タクシーに乗車して、西ノ京営業所車庫から二列縦隊で出庫しようとした。

すると、カイナラ労組員及び外部支援労組員らは、出入口を多人数で塞いだうえ、出庫しようとする運転手らに対し、「アホ」「ボケ」「詐欺師」「盗人」等と罵り、また、出入口付近まで進行したタクシー前に運転席に背を向けて立ちはだかったり、タクシー前で座り込むなどした。

北浦専務らの指示に従い、タクシーに乗車していた一〇名の運転手が一斉に警笛をならし、発進しようとしたが、被控訴人を含むカイナラ労組員及び外部支援労組員らは、河野、吉村が運転する先頭車の前に立ち塞がり、発進できなかった。

さらに、北浦専務らが被控訴人を初めとするカイナラ労組員及び外部支援労組員らに対し、拡声器で、タクシーを出庫させるので、危ないので車庫内から退去せよ、タクシーの進路をあけろと何度も警告したが、カイナラ労組員らは、タクシーの前から退かなかった。

結局、平成八年四月九日午前五時一五分から午前九時一二分までのスト(ピケ)により、西ノ京営業所車庫のタクシー一〇台(九台が大和労組員運転、一台が非組合員運転)の出庫が妨害された。

(三) 平成八年四月一五日のスト(ピケ)

平成八年四月一五日のストでの本社車庫、西ノ京営業所車庫のピケの態様は、同月八日、九日のストでのピケよりも更にエスカレートした。右両車庫の出入口には、多数のカイナラ労組員及び外部支援労組員らが立ち塞がり、出庫しようとするタクシーの前に立ちはだかったり、座り込んだり、タクシーにもたれかかったりした。本社車庫では、タクシーの前方にゴザを敷いて昼食をとったり、寝ころんだりする者さえいた。

すなわち、本社車庫では、平成八年四月一五日の早朝から、城田博運転手を先頭に、総勢一六名の運転手(全員が大和労組員)が、控訴人の業務命令によりタクシーに乗車して、一列縦隊で車庫から出庫しようとした。西ノ京営業所車庫では、前同日の早朝から、上野一臣、吉村作郎運転手を先頭に、総勢一三名の運転手(一二名が大和労組員、一名が非組合員)が、控訴人の業務命令によりタクシーに乗車して、西ノ京営業所車庫から二列縦隊で出庫しようとした。

北浦専務らの指示に従い、タクシーに乗務していた一六名(本社車庫)、一三名(西ノ京営業所車庫)の運転手が一斉に警笛をならし、発進しようとした。しかし、カイナラ労組員及び外部支援労組員らは、城田運転手(本社車庫)、上野、吉村両運転手(西ノ京営業所車庫)らが運転する先頭車の前に立ち塞がったため、右いずれのタクシーも発進できなかった。

さらに、北浦専務や河村部長は、カイナラ労組員及び外部支援労組員らに対し、拡声器で、タクシーを出庫させるので、危ないから車庫内から退去せよ、タクシーの進路をあけろと何度も警告したが、カイナラ労組員らはタクシーの前から退かなかった。被控訴人も、本社車庫と西ノ京営業所を往復して、自ら先頭に立って、このようなピケを率先して実行した。

結局、平成八年四月一五日午前五時五分から午後〇時四〇分までのスト(ピケ)により、本社、西ノ京営業所、天理営業所の各車庫合わせて三〇台のタクシー(二九台が大和労組員運転、一台が非組合員運転)の出庫が妨害された。

(四) 刑事告訴、刑事処分

控訴人は、平成八年五月七日、奈良警察署に、被控訴人が違法な本件スト(ピケ)を企画、指導、実行したことを理由に、被控訴人を威力業務妨害罪で刑事告訴した。これに対し、奈良地方検察庁は、平成一〇年四月一日頃、被控訴人を起訴猶予処分に付した。

(五) 被控訴人の主張に対する判断

被控訴人は、こう主張する。カイナラ労組員及び外部支援労組員らが出庫しようとする車の前方に佇立するなどした行為は、大和労組員らに対する任意の説得活動にすぎないか、あるいはごく短時間や一瞬の行為であり、さらには単なる疲労から出た行為である。大和労組員らが乗車するタクシーの出庫妨害の意図からしたものでない、と。

しかし、本件ストの状況を撮影したビデオ(<証拠略>)、右ビデオを写真にとったもの(<証拠略>)、本件ストの状況を撮影した写真(<証拠略>)によると、カイナラ労組員及び外部支援労組員らは、控訴人からの度重なる警告を無視して、出庫しようとするタクシーの先頭車の前に立ちはだかったり、しゃがみ込んだり、タクシーに寄り掛かったり、タクシー前に長椅子を置いて腰掛けたり、タクシーの前方にゴザを敷いて昼食をとったり、寝ころんだりして、控訴人の退去要請に応じず、敢えて大和労組員、非組合員、管理職らが乗車したタクシーの出庫妨害を続けたことは明らかである。

被控訴人の前示主張は採用できない。

3  奈良駅前での営業妨害

(一) 事実の認定

証拠(<証拠略>)によると、次の事実が認められる。

(1) 島田三郎に対するタクシー乗務妨害

控訴人のタクシー運転手の島田三郎(大和労組員)は、平成八年四月八日早朝、本社車庫からタクシーに乗務して勤務に就く予定であった。しかし、カイナラ労組員らによるピケのため、本社車庫からタクシーを出庫することができなかった。そこで、島田は、北浦専務の指示を受けて、ストの対象となっていない西ノ京営業所まで行き、同日午前八時頃、同車庫からタクシーに乗務して勤務に就いた。

島田は、同日午前一〇時四〇分頃、近鉄奈良駅タクシー乗り場で客待ちをしていた。すると、カイナラ労組員の杉浦隆、桝田一敏がやってきて、島田に対し、「こら、なぜ仕事をするのか、仕事はするな、お前ら嘱託運転手が正社員のじゃまをしてええんか」、「乗務員証もないし、車も奈良のと違うし、仕事やめて会社に帰ってこい」、「客が乗らんようにしてもうたうか」と大声で怒鳴りつけて脅迫してきた。

島田は、このまま乗車を続けると、杉浦らから何をされるか不安になり、怖くなったので、やむを得ず西ノ京営業所車庫に戻り、タクシー乗務を断念した。

(2) 室井茂に対するタクシー乗務妨害

控訴人のタクシー運転手の室井茂(大和労組員)は、平成八年四月八日早朝、本社車庫からタクシーに乗務して勤務に就く予定であった。しかし、カイナラ労組員らによるピケのため、本社車庫からタクシーを出庫することができなかった。そこで、室井は、北浦専務の指示を受けて、ストの対象となっていない西ノ京営業所まで行き、同日午前八時三〇分頃、同車庫からタクシーに乗務して勤務に就いた。

室井は、同日午前一〇時三〇分頃、近鉄奈良駅タクシー乗り場で客待ちをしていた。すると、杉浦、桝田がやってきて、室井に対し、「おっさん、何考えてんねん」、「仕事してええと思ってんのか」、「話しをつけたろうやないか」と大声で怒鳴りつけて脅迫してきた。

室井は、このまま乗車を続けると、杉浦らから何をされるか不安になり、怖くなったので、やむを得ず西ノ京営業所車庫に戻り、タクシー乗務を断念した。

(3) 松山武雄に対するタクシー乗務妨害

控訴人のタクシー乗務員の松山武雄(大和労組員)は、平成八年四月八日早朝、本社車庫からタクシーに乗務して勤務に就く予定であった。しかし、カイナラ労組員らによるピケのため、本社車庫からタクシーを出庫することができなかった。そこで、松山は、北浦専務の指示を受けて、ストの対象となっていない天理営業所まで行き、同日午前九時三〇分頃、同車庫からタクシーに乗務して勤務に就いた。

松山は、同日午前一一時頃、JR奈良駅タクシー乗り場で客待ちをしていた。すると、杉浦、桝田がやってきて、松山に対し、「こら、なぜ仕事をするのか、仕事はするな、お前ら嘱託運転手が正社員のじゃまをしてええんか」、「乗務員証もないし、車も奈良のと違うし、仕事やめて会社に帰ってこい」、「客が乗らんようにしてもうたうか」と大声で怒鳴りつけて脅迫してきた。

松山は、このまま乗車を続けると、杉浦らから何をされるか不安になり、怖くなったので、やむを得ず天理営業所車庫に戻り、タクシー乗務を断念した。

(二) 原判決の事実認定について

原判決は、杉浦らが、島田らを脅迫して、タクシー乗務を断念させた事実があったとは直ちに認め難いという。

しかし、島田らは、平成八年四月八日早朝、本社車庫まで出勤したが、ピケのためにタクシーを出庫できなかった。そこで、島田らは、北浦専務の指示により、ピケの対象となっていない西ノ京営業所車庫、天理営業所車庫まで行き、タクシーに乗務して勤務に就いたのである。そして、島田らは、それから二時間前後、タクシーに乗車して勤務中であった。

そのような島田らが、いずれも、杉浦らからタクシー乗務を咎められて、西ノ京営業所車庫、天理営業所車庫にタクシーを戻し、タクシー乗務を断念している。これは、本件ピケによる争議行為の興奮した状況、これに現れたカイナラ労組員らの威勢などに照らし、杉浦らが、島田らを脅迫したからこそ、島田らは怖くなってタクシー乗務を断念したものと推認するに難くない。そうでなければ、島田らがタクシー乗務を断念して帰ってくる筈がない。また、島田らの前認定の当日のそれまでの行動に照らせば、杉浦らの平和的説得に応じて、任意にタクシー乗務を断念したものとは到底認められない。

原判決の前示事実認定は是認できない。

五  タクシーパレード

1  原判決五二頁一行目から一三行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

2  ただし、次のとおり改める。

(一) 原判決五二頁七行目の「文字を記載した布をテープで張り付け」を、「スローガンを記載した大きな布製の横断幕(その大きさはタクシーの後部窓全面をおおい隠し、更に左右にはみ出している)をテープで張り付け」と改める。

(二) 同頁八行目の「奈良市内を」を「奈良市内の目抜き道路を」と改める。

六  中岡に対する暴行、脅迫

1  原判決の引用、補正

(一) 原判決五二頁末行目から五八頁六行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

(二) ただし、次のとおり補正する。

(1) 原判決五三頁六行目の「ネクタイを掴む」を「ネクタイを掴み引っ張る」と改める。

(2) 同五四頁一行目の「中岡は、」を削る。

(3) 同五六頁一行目の「起訴猶予となっている」の次に「(<証拠略>)」を加える。

(4) 同五八頁三、四行目の「被告主張の暴行、脅迫に擬すべき事実があったとはいえない」を、「控訴人主張の態様による暴行、脅迫があったと認めることにも疑問が残る」と改める。

(5) 同頁五行目の「右中岡の供述」から同頁六行目末尾までを、次のとおり改める。

「右中岡の供述にも疑問があり、訴訟上認定できる事実としては、前示(一)の限度である。被控訴人が中岡のネクタイを掴み引っ張ったことについては、文字通りその限度でしか認められず、中岡が供述するように、被控訴人が中岡のネクタイを三、四回強く引っ張り、同人の右側頭部を三、四回運転席の窓枠にぶつけた事実は、的確なその裏付け証拠がなく、これを認めるに足らず、その存否は不明であるというほかない。」

2  背景事情

証拠(<証拠・人証略>)によると、次の事実が認められる。

(一) 中岡久夫は、平成八年四月八日の本社車庫での早朝ストライキにおいて、控訴人の業務命令を受けて先頭のタクシーに乗り込み、出庫しようとした。被控訴人の眼には、同月二一日当時、中岡は先にスト破りを率先して実践した憎むべき者と映っていたに違いない。このことが、被控訴人が当日中岡に対し前示暴行、脅迫に及んだ背景事情となっている。

(二) 中岡は、控訴人に入社する前、乾タクシー株式会社のタクシー運転手として稼働していた。そのとき、待ち時間の料金にからみ、乾タクシーとの間でトラブルとなった。もっとも、このトラブルは、後日、中岡と乾タクシーとの間で和解が成立し、円満解決している。被控訴人が、本件暴行、脅迫に際して、中岡のことを元盗人と言ったのは、乾タクシーとのトラブルのことを指している。

(三) 被控訴人は、広域暴力団五代目山口組系の倉本組舎弟で、尾野組組長である尾野俊治と親交関係にある(被控訴人も尾野俊治と付き合いがあることは認めている〔<証拠略>〕)。そのようなことから、被控訴人は、本件暴行、脅迫に際し、中岡に対し、「わしは元暴力団や、なめたらただでおかんぞ」などと言って、一般市民が使わない暴言をはいている。

被控訴人が暴力団関係者と親交関係にあることは、控訴人の従業員の殆どの者が知っていることであり(<証拠略>)、中岡も当然のことながら、そのことを知っていた。

七  本件懲戒解雇処分

原判決五八頁八行目から五九頁三行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

第四労働協約の成否、効力等

一  新旧労働協約の成否、効力について

1  事実の認定

証拠(<証拠・人証略>)によると、次の事実が認められる。

(一) 控訴人はカイナラ労組との間で、昭和五三年一一月一三日労働協約(以下、旧々労働協約という)を締結し(<証拠略>)、以後、昭和五六年一一月、昭和五九年九月、平成元年九月とほぼ三年毎に更新し、平成三年二月一八日に一部改定した(<証拠略>)。

(二) 昭和五三年一一月一三日に協約が成立し、昭和五六年一一月一二日及び昭和五九年八月三一日に順次更新された旧々労働協約書(<証拠略>)では、更新の毎に約三年間の有効期間が定められ、その末尾には、控訴人代表取締役とカイナラ労組委員長の署名押印がなされている。

ところが、平成三年二月一八日に一部改定された労働協約書(旧労働協約書、<証拠略>)では、単に「協定改定、平成三年二月一八日」とあるのみで、改定後の有効期間につき規定がないが、その末尾には、控訴人代表取締役とカイナラ労組委員長の記名押印がなされている。

(三) 控訴人は、平成五年一二月頃から、当時のカイナラ労組の中村委員長との間で、新労働協約の締結に向けて協議を進めた。当時のカイナラ労組は、控訴人との労使協調路線をとっていた。

しかし、平成六年一月に入って、カイナラ労組の組合員のなかに、控訴人との労使協調路線を批判する組合員が次第に勢力をつけてきた。そのため、控訴人は、カイナラ労組との信頼関係を維持していくことが極めて困難な状況になると苦慮した。

(四) そこで、控訴人と中村委員長は、平成六年二月改定予定の新労働協約は成立させないこととし、一応印刷して製本までしていた新労働協約書(<証拠略>、平成六年二月一八日から平成九年二月一七日までを有効期間とする)に署名も記名押印もしなかった。カイナラ労組においても、署名又は記名押印がなされた新労働協約書を保管していないことは、被控訴人も認めている(<証拠略>)。

2  検討

(一) 労働組合法は、労働協約の効力の発生(一四条)、労働協約の期間(一五条)について、次のとおり定めている。

(1) 労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずる(一四条)。

(2) 有効期間の定めがない労働協約は、当事者の一方が署名し、又は記名押印した文書によって相手方に予告して、解約することができる。一定の期間を定める労働協約であって、その期間の経過後も期限を定めず効力を存続する旨の定めがあるものについて、その期間の経過後も同様とする(一五条三項)。

(3) 前項の予告は、解約しようとする日の少なくとも九〇日前にしなければならない(一五条四項)。

(二) 本件において、控訴人とカイナラ労組は、平成五年一二月頃から、新労働協約の締結に向けて協議を重ねたが、平成六年一月になって、カイナラ労組内の事情から、平成六年二月改定予定の新労働協約は成立させないこととし、一応印刷して製本までされていた新労働協約書(<証拠略>)に署名又は記名押印をしなかったのである。したがって、新労働協約はそもそも成立すらしていないことが認められる。

そして、前認定1(二)の事実によると、旧労働協約は、有効期間の定めがない労働協約であることが認められる。ところが、当事者の一方が署名し、又は記名押印した文書によって相手方に予告して、旧労働協約を解約する手続をとっていることを窺わせる証拠がない。したがって、平成六年二月一八日以降も、旧労働協約が有効に存続しているものといわざるを得ない。

二  平和条項、道義条項について

1  旧労働協約の内容

旧労働協約(<証拠略>)は、次のとおり規定している。

(一) 第三九条

(1) 「甲」(控訴人会社のこと)「乙」(カイナラ労組のこと)間に労働争議が生じ、労使協議会及び団体交渉により解決ができない場合に、「甲」又は「乙」、もしくは「甲」「乙」双方の申請による労働関係調整法の斡旋調停の手続を踏まなければならない(一項)。

(2) 前項斡旋調停不成立の場合は、「甲」又は「乙」が争議行為を行うときは七二時間以内に文書をもって「甲」及び「乙」に通知する。

(二) 第四五条

「甲」と「乙」の間に争議が生じたときは、事業の公共性に鑑み、労使協議会、団体交渉及び公の機関を通じ、双方誠意をもって解決に努力する。

2  控訴人が地労委の斡旋を辞退

ところが、前示第三の二1で原判決を一部補正の上引用して認定したとおり、控訴人は次のとおり地労委の斡旋を辞退した。

(一) カイナラ労組は、平成七年一一月三〇日、タクシー運賃改定に伴う労働時間短縮及び賃金改善全般を調整項目とし、地労委に労働関係調整法の斡旋申請をした。ところが、控訴人は、同年一二月四日、地労委に対し、今後とも誠意をもって団体交渉等の話し合いで解決する所存である旨の上申書を提出して、斡旋を辞退した。そのため、カイナラ労組は、平成一一年一月二九日、やむなく地労委に対する斡旋申請を取り下げた。

(二) カイナラ労組は、平成八年三月三一日付で、平成八年四月三日午前一一時以降、団体行動をする旨通告するとともに、控訴人が団体交渉を開催するか、地労委の斡旋を応諾することを強く求めた。ところが、控訴人から団体交渉を開催しようとしなかったし、地労委の斡旋を応諾しようとする態度も示さなかった。そのため、カイナラ労組は、同年四月七日の執行委員会においてスト決行を決定し、本件スト(同月八日、九日、一五日)に突入した。

3  検討

旧労働協約三九条一項の規定は、労使間の紛争の平和的な解決を目的として、争議行為の開始前に一定の手続を踏むべきことを定めたいわゆる平和条項と解される。また、同四五条は、労使間に争議が生じたときの双方の心構えを説いた道義条項である。

カイナラ労組は、タクシー運賃改定に伴う労働時間短縮及び賃金改善問題について、労使間で紛争が生じたため、控訴人を相手方として、平成七年一一月三〇日、地労委に斡旋申請をしている。本件スト突入の直前である平成八年三月三一日にも、控訴人に対し、地労委の斡旋を応諾することを強く求めている。

ところが、控訴人は、前示各労働協約の規定により、地労委の斡旋の席につくべき義務があるのに、平成七年一二月四日に斡旋を辞退し、平成八年四月初旬にも、地労委の斡旋を応諾しようとする態度を示さなかった。このような控訴人の対応は、非難を受けてもやむを得ない。

三  解雇協議条項について

1  各労働協約書の規定

(一) 旧労働協約書

現に効力を有している旧労働協約書(<証拠略>)は、「第四章 人事」の項で、次のとおり定めている。

(1) 第一九条

組合員の休職、解雇の取り扱いは「甲」(控訴人会社)と「乙」(カイナラ労組)が協議して決める。

(2) 第二〇条

「甲」は業務の都合上「乙」の組合員を解雇しょ(ママ)うとする時は「甲」又は「乙」と協議決定する。

(3) 第二一条

「甲」は従業員を雇い入れる際は、試雇期間については原則として二カ月とする。

(二) 旧々労働協約書

旧労働協約書の元となった旧々労働協約書(<証拠略>)には、「第四章 人事」の項で、次のとおり定められていた。

(1) 第一九条

組合員の休職、解雇の取扱いは「甲」(控訴人会社)と「乙」(カイナラ労組)が協議して決める。

(2) 第二〇条

「甲」は業務の都合上「乙」の組合員を解雇しようとする時は「甲」又は「乙」と協議決定する。

(3) 第二一条

「甲」は従業員を雇い入れる際は、試雇期間については原則として二ケ月とする。

(三) 新労働協約書

労使双方がその改定を試み、一応印刷だけはされたが、成立しなかった新労働協約書(<証拠略>)には、「第四章 人事」の項で、次のとおり記載されている。

(1) 第一七条

組合員の休職の取り扱いについては、「甲」(控訴人会社)の申し入れにより「乙」(カイナラ労組)と協議して行うものとする。

(2) 第一八条

「甲」は、業務の都合上「乙」の組合員を解雇しようとする場合、「乙」と協議しなければならない。

(3) 第一九条

その他、人事に関しては「就業規則」第二章によるものとする。

2  各労働協約の作成、改正作業の経緯

証拠(<証拠・人証略>)によると、次の事実が認められる。

(一) 大和労組の結成

昭和五三年一〇月一五日、控訴人の労働組合として、全自交(現在の自交総連)大和交通分会が結成された。同分会には二十数名が参加して結成の予定であったが、結成直前に二十数名が脱落し、結成当時の構成員は光田和憲ただ一人であった。

他方、昭和五三年一一月七日、控訴人の労働組合として、カイナラ労組が結成された。カイナラ労組は、光田外一名を除く八十数名の運転手全員が組合員となり、その委員長には清水好夫が就任した。当時のカイナラ労組は、控訴人との労使協調路線を唱える組合であった。

(二) 旧々労働協約の締結、旧労働協約の更新

控訴人は、カイナラ労組と協議して、同労組結成からわずか六日後の昭和五三年一一月一三日、同労組との間で旧々労働協約を締結した。労使双方は、清水委員長が以前勤めていた会社の労働協約書を参考にして、その文言等について逐一検討することもなく、急遽、旧々労働協約を締結したものである。

例えば、旧々労働協約一九条は、「甲」は業務の都合上「乙」の組合員を解雇しようとするときは「甲」又は「乙」と協議決定すると規定されている。「甲」(控訴人会社)が業務の都合上カイナラ労組員を解雇しようとするときに、「甲」(控訴人会社)と協議するというのは矛盾である。この規定の文言は明らかに誤記であるが、旧々労働協約は労使双方間で十分に検討、吟味することなく急遽締結されたものであるから、このような誤記に気付かなかったものと思われる。

旧労働協約は、基本的には、旧々労働協約の内容をそのままほぼ三年毎に更新してきただけである。問題の「第四章 人事」の項の一九条ないし二一条についても、旧労働協約と旧々労働協約とでは全く同一といっても過言ではない。ただ、旧々労働協約一九条の「解雇の取扱い」、第二〇条の「解雇しよう」、第二一条の「二ケ月」の文言が、旧労働協約一九条の「解雇の取り扱い」、第二〇条の「解雇しょ(ママ)う」、第二一条の「二カ月」の文言に変わっているだけである。

(三) 旧労働協約と新労働協約の対比

しかし、旧労働協約第一九条ないし二一条の内容と、新労働協約第一七条ないし一九条の内容は、以下のとおり相当変わっている。

(1) 旧労働協約一九条では、組合員の休職、解雇の取り扱いは「甲」と「乙」が協議して決めるとなっていたのを、新労働協約一七条では、組合員の休職の取り扱いについては、「甲」の申し入れにより「乙」と協議して行うものとすると改正しようとしている。

(2) 旧労働協約二〇条では、「甲」は業務の都合上「乙」の組合員を解雇しょ(ママ)うとする時は、「甲」又は「乙」と協議決定するとなっていたのを、新労働協約一八条では、「甲」は、業務の都合上「乙」の組合員を解雇しようとする場合、「乙」と協議しなければならないと、誤記を改めようとしている。

(3) 旧労働協約二一条では、「甲」は従業員を雇い入れる際は、試雇期間については原則として二カ月とするとなっていたのを、新労働協約一九条では、その他、人事に関しては「就業規則」第二章によるものとすると改正しようとしている。

(四) 新労働協約改正の理由等

旧労働協約二〇条から新労働協約一八条に改められたのは、単なる誤記の訂正であるから大したことはないが、旧労働協約一九条、二一条から新労働協約一七条、一九条に改正しようとしたことは、実質的な内容の変更を伴う。

控訴人と当時のカイナラ労組は、平成六年一二月からの労働協約改定に向けての協議のなかで、一般的な解雇基準、解雇手続については、労使が協議してやるよりも、就業規則(四五ないし四八条、七二条、七四条)の規定に委ねる方がよいとの結論に達した。そこで、旧労働協約一九条から「解雇」の文言を削除しようとした(<証拠略>)。

就業規則の「第二章 人事」の「第一節 採用」の第五条には、試雇期間に関する規定がある。その外、就業規則の「第二章 人事」には、「第一節 採用」「第二節 異動」「第三節 公務就任・公務の執行」「第四節 休職」に関する規定が定められている。そこで、当時の労使双方は、前示協議のなかで、旧労働協約二一条を新労働協約一九条に改正しようとした。

3  旧労働協約の解雇協議条項の検討

(一) 解雇協議条項の分類

解雇協議条項は、<1> 「一般的な解雇基準、解雇手続の設定・改正」について、組合との協議を要するとするものと、<2> 「個々の解雇」について、組合との協議を要するとするものとに大別できる。右<1>の類型では、解雇の一般的基準、手続の設定、改正にのみ組合の関与を認め、個々の解雇についてまで組合との協議を要する趣旨のものではない。

(二) 旧労働協約の解雇協議条項の検討

(1) これを本件について見るに、旧労働協約一九条、二〇条は、旧々労働協約一九条、二〇条の規定をそのまま更新したものである。旧々労働協約一九条、二〇条の規定は、前示のとおり、当時の労使双方が協議し、清水委員長が以前勤めていた会社の労働協約書を参考にして、その文言等について逐一検討することもなく、急遽作成したものである。したがって、旧労働協約一九条、二〇条の解釈に当たっても、解雇協議条項について一般的にいわれている前示(一)の趣旨を参考にして解釈すべきでる(ママ)。

そうすると、旧労働協約一九条の「解雇の取り扱い」、同二〇条の「業務の都合上『乙』の組合員を解雇しょ(ママ)うとする時」という文言の差異、両規定の配置から考察して、同第一九条は、一般的な解雇基準、手続の設定、改正について、控訴人がカイナラ労組との協議を要するとし、同二〇条は、控訴人の業務の都合上による個々の解雇について、控訴人がカイナラ労組との協議を要するとしたものというべきである(ママ)

(2) 旧労働協約一九条は、カイナラ労組員の解雇の一般的基準、手続の設定、改正にのみカイナラ労組の関与を認め、個々の解雇についてまでカイナラ労組との協議を要する趣旨のものではない。

(3) 旧労働協約二〇条は、控訴人が業務の都合上カイナラ労組員を解雇しようとするときは、カイナラ労組との協議を要することを定めている。

ここにいう「業務の都合上」の解雇とは、労働者の「自己都合」の退職と対比されるものである。「自己都合」の完全な反対概念(用語)は「会社の都合」であるから、会社の「業務上の都合」は、諸々の会社の都合のうち、会社の業務の改廃などに伴うその職種の不要などの業務上の都合を指す。

その典型的なものは整理解雇であるが、必ずしもこれに限るものではない。控訴人(会社)の場合を見れば、就業規則四五条の解雇がほぼこれに当たり、四四条の退職、四七条の解雇を含まない。また、本件で問題となっているような懲戒解雇は、会社の都合による解雇といえても、右協約二〇条にいう会社の「業務の都合上の解雇」に当たるとはいえない。

(1) 被控訴人の主張

イ 旧々労働協約一九条は昭和五三年一一月に制定されているが、控訴人の就業規則は既に昭和三四年九月に制定されており、解雇基準が右就業規則に規定されていた。

ロ したがって、昭和五三年一一月当時の労使が、旧々労働協約の中で一般的な解雇基準を協議して決める必要はなかった。

ハ 旧労働協約一九条は、一般的な解雇基準を労使が協議して決めることを定めたものではなく、個々の解雇について労使が協議して決めることを定めた規定である。

(2) 検討

イ 旧々労働協約一九条は、一般的な解雇基準、手続の設定、改正について、控訴人がカイナラ労組との協議を要するという意味である。

したがって、控訴人には、昭和五三年一一月当時、既に解雇基準を定めた就業規則が制定されていたとしても、右就業規則には解雇手続に関しては何ら規定されておらず(<証拠・人証略>)、しかも、就業規則に定められた解雇基準の改正に際しては、カイナラ労組と協議することには実益があるのだから、被控訴人の前示主張は理由がない。

ロ のみならず、就業規則(<証拠略>)には、第一五条から二〇条にかけて、従業員の休職に関する基準を定めているのに、新労働協約の一七条にも、「組合員の休職の取り扱いについては、「甲」の申し入れにより「乙」と協議して行うものとする。」となっている。

この新労働協約一七条の事例をみても、既に就業規則に従業員の休職、解雇の一般的な基準が定められているのに、重ねて労働協約で、組合員の休職、解雇の一般的な基準の設定、改正について、労使が協議する条項が設けられており、その間に矛盾がないことが明らかである。

この意味からも、被控訴人の前示(1)の主張は理由がない。

第五本件懲戒解雇処分の効力

一  本件スト(ピケ)の違法性の検討

1  スト(ピケ)の違法性の判断基準

ストライキは必然的に企業の業務の正常な運営を阻害するものではあるが、その本質は、労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は、労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにある。したがって、ストライキの過程で、不法に使用者側の自由意思を抑圧し、あるいはその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されず、これをもって正当な争議行為と解することはできない。また、使用者は、ストライキの期間中であっても、業務の遂行を停止しなければならないものではなく、操業を継続するために必要とする対抗措置をとることができる。

そして、右の理は、別組合員又は非組合員等により操業を継続して、ストライキの実効性を失わせることが容易であると考えられる、タクシー等の運行を業とする企業の場合であっても、基本的には異なるものではない。したがって、労働者側が、ストライキの期間中、別組合員又は非組合員等による営業用自動車による運行を阻止するために、説得活動の範囲を超えて、当該自動車等を労働者側の排他的占有下に置いてしまうなどの行為をすることは許されず、右のような自動車運行阻止の行為を正当な争議行為とすることはできない(最判平成四・一〇・二判例時報一四五三号一六七頁、最判〔大法廷〕昭和二七・一〇・二二民集六巻九号八五七頁)。

2  検討

(一) 本件スト(ピケ)は、前認定第三の四1、2のとおり、次の手段、態様で行われたものである。

(1) 被控訴人は、カイナラ労組員及び外部支援労組員らと共に、控訴人がタクシーを稼働させるのを阻止することを目的として、平成八年四月八日は本社、同月九日は西ノ京営業所、同月一五日は本社、西ノ京営業所、天理営業所の各車庫において、ストの時間中、各車庫の出入口を人垣を作って塞いだ。

(2) その上で、カイナラ労組員及び外部支援労組員らは、控訴人からの度重なる警告を無視して、出庫しようとするタクシーの先頭車の前に立ちはだかったり、しゃがみ込んだり、タクシーに寄り掛かったり、タクシー前に長椅子を置いて腰掛けたり、タクシーの前方にゴザを敷いて昼食をとったり、寝ころんだりして、控訴人の退去要請に応ぜず、大和労組員、非組合員、管理職らが乗車したタクシーの出庫を妨害し続けた。

(3) 結局、控訴人は、三日間にわたる本件スト(ピケ)により、ストの時間中(平成八年四月八日は午前六時から午後一時三八分まで、同月九日は午前五時一五分から午前九時一二分まで、同月一五日は午前五時五分から午後〇時四〇分まで)、延べ四五台のタクシー(四三台が大和労組員運転、二台が非組合員運転)を車庫から出庫することができなかった。

(二) 右事実によると、被控訴人を初めとするカイナラ労組員及び外部支援労組員らは、互いに意思を通じて、控訴人の管理に係るタクシーをカイナラ労組の排他的占有下に置き、控訴人がこれを出庫して稼働させるのを実力で阻止したものといわなければならない。

そして、被控訴人を初めとするカイナラ労組員及び外部支援労組員らのタクシー運行阻止の行為は、前示1説示の基準に照らし、争議行為として正当な範囲にとどまるものということはできず、違法の評価を免れない。

このことは、控訴人が後示のとおり旧労働協約上の平和条項、道義条項に反し、地労委の斡旋を辞退した点に咎めるべき点があることを考慮にいれても、このことから、右運行阻止行為が正当な争議行為となるものではない。

しかも、右(一)で指摘した本件ストの規模、本件ピケの態様に照らせば、本件スト(ピケ)は、その違法性が強いものであったといわなければならない。

二  タクシーパレードの違法性の検討

1  タクシーパレードの態様

前示第三の五で原判決を一部補正して引用した事実は、次のとおりである。

(一) 共闘会議(被控訴人がその議長)は、奈良陸運支局に対して、タクシー運賃改定に伴う労働条件の改善について、タクシー運送事業者への指導を要請するため、タクシーパレードを実施することとした。そこで、共闘会議傘下の組合員が運転するタクシー二一台(控訴人のタクシー一〇台、服部タクシー一〇台、ひまわりタクシー一台)、その他の宣伝カー等四台が、平成八年四月一九日午後四時に奈良市内の猿沢池に集合した。

(二) そして、いずれの組合も使用者の許可を得ることなく、タクシーの後部窓に「賃下げなしの時短、許可条件守れ」、「社会的公約守(ママ)り賃金改善せよ」等のスローガンを記載した大きな布製の横断幕(その大きさはタクシーの後部窓全面をおおい隠し、更に左右にはみ出している)をテープで張り付け、前同日午後四時一〇分頃から四時五〇分頃までの間、猿沢池から奈良陸運支局までの奈良市内の目抜き道路を走行してタクシーパレードを行った。

(三) カイナラ労組は、執行委員会の決議を経て、控訴人のタクシー一〇台でタクシーパレードに参加した。右パレードでは、タクシーの運賃メーターを倒して走行し、右パレード時間中のタクシー料金三万五四七〇円を控訴人に納金している。

2  控訴人の施設管理権を侵害する組合活動

(一) 労働組合又はその組合員が、使用者の許諾を得ないで、使用者の所有又は管理する物的施設を利用して組合活動を行うことは、これらの者にその利用を許さないことが、当該施設につき使用者が有する権利の濫用であると認められるような特段の事情がある場合を除いては、当該施設を管理利用する使用者の権限を侵し、企業秩序を乱すものであり、正当な組合活動にあたらない(最判昭和五四・一〇・三〇民集三三巻六号六四七頁)。

(二) 就業規則二二条一七号は、「従業員は、許可なく、職務以外の目的で会社の施設、車両、機械、機具、工作物、物品等を使用し、又は社外へ持ち出さないこと。」と定めている。

(三) これを本件タクシーパレードについて見るに、本件タクシーパレードは、カイナラ労組員が、控訴人の許可なく、控訴人が管理する一〇台ものタクシーを約五〇分間にもわたり利用して組合活動を行ったものである。時間は午後四時から四時五〇分までであり、その時間帯及び所要時間は軽視できないものがある。本件タクシーパレードは、就業規則二二条一七号にも違反する行為である。

(四) もっとも、カイナラ労組は、タクシーパレードの際、タクシーの運賃メーターを倒して走行し、右パレード時間中のタクシー料金三万五四七〇円を控訴人に納金している。

しかし、その間、乗客の利用を拒絶してその足を奪い、控訴人に課せられた公共交通機関としての業務を妨害している。

カイナラ労組員は、タクシー事業を営む控訴人にとって、タクシー(営業用自動車)という最も重要な財産を、タクシーパレードという会社の業務とは全く関係のないことに持ち出し、乗り回している。これは、カイナラ労組がその間のタクシー料金を納金したからといって、組合活動の正当性が認められたり、違法性が阻却されるとはいえない。

(五) 以上の諸点に徴すると、控訴人が一〇台のタクシーをタクシーパレードに使用することの許可をしなくとも、権利の濫用にならないことは明らかである。就業規則二二条一七号所定の控訴人の許可を受けずに行われた本件タクシーパレードは、控訴人の施設管理権を侵害し、就業規則二二条一七号にも違反する組合活動である。

3  就業時間中の職務専念義務等に違反する組合活動

(一) 就業規則は、次のとおり規定し、就業時間中の職務専念義務(二二条四号)、就業時間中の組合活動禁止(二二条八号)を定めている。

(1) 二二条四号

従業員は、就業時間中は職務に専念し、みだりに勤務の場所を離れないこと。

(2) 二二条八号

従業員は、就業時間中に、組合活動、示威行為、集会その他会社の業務に関係のない事由による活動は行うことができない。ただし、会社の許可を受けたときはこの限りではない。

(二) それ故、控訴人のタクシー運転手は、就業時間中は職務に専念し、みだりに勤務場所を離れてはならない義務や、就業時間中は、控訴人の許可を受けない限り、組合活動をしてはならない義務がある。

(三) ところが、カイナラ労組員一〇名は、就業時間中に勤務場所を離れ、タクシーパレードに参加して、組合活動をしている。同人らは、就業時間中の職務専念義務、就業時間中の組合活動禁止を定めた就業規則に違反している(なお、最判昭和五二・一二・一三民集三一巻七号九七四頁、最判昭和五七年四月一三日民集三六巻四号六五九頁参照)。本件タクシーパレードは、就業時間中の職務専念義務、組合活動禁止を定めた就業規則にも違反する行為である。

4  控訴人の名誉、信用を害する組合活動

(一) 一二月二五日付け回答は、時短については、賃金引き下げのない公休日を一日増やしており、賃金改善についても、運賃値上前に比較して、運賃値上による増収が六パーセント確保されることを前提として、賃金が月額約六八〇〇円増額することを内容とするものである。したがって、右回答は、平成七年七月二四日付けの近畿運輸局長通達の内容を一応履行しているものといえる(前示第三の二2)。

(二) ところが、カイナラ労組員一〇名は、「賃下げなしの時短、認可条件守れ」、「社会的公約守(ママ)り賃金改善せよ」等のスローガンを記載した大きな布製の横断幕をタクシーの後部窓にテープで張り付け、午後四時一〇分頃から四時五〇分頃までの間、奈良市内の目抜き道路を走行するタクシーパレードを行っている。

右「賃下げなしの時短、認可条件守れ」の文言は、控訴人が賃下げなしの時短を実施せず、運賃値上の認可条件を守っていないことを訴えるスローガンである。右「社会的公約守(ママ)り賃金改善せよ」の文言は、一般人に控訴人が近畿運輸局通達に反し、賃金改善を実施していないと思わせるスローガンである。

(三) 控訴人の社名が入ったタクシー一〇台に、そのようなスローガンを記載した大きな横断幕を張り付けて、奈良市内の目抜き道路を四〇分間にわたり走行することは、控訴人の名誉、信用を毀損する違法な行為であって、正当な組合活動であるとはいえない。

ところで、控訴人の就業規則二二条五号は、「従業員は、会社の信用と名誉を傷つける行為をしてはならない。」と規定している。前示タクシーパレードは、これにより控訴人の企業秩序、社会的評価に及ぼす悪影響が相当重大なものであると認められるから、これに参加したカイナラ労組員一〇名は、右就業規則にも違反する行為をしたといえる。

5  小括

以上の次第で、本件タクシーパレードは、控訴人の施設管理権を侵害し、従業員の就業時間中の職務専念義務、組合活動禁止義務に違反し、控訴人の名誉、信用を害する違法な組合活動である。その違法性の程度は小さくない。

三  被控訴人の幹部責任の検討

1  本件スト(ピケ)、タクシーパレードの幹部責任

前示第三の一、二、四、五の認定によると、被控訴人は、カイナラ労組の委員長として、違法な本件スト(ピケ)やタクシーパレードを企画、決定し、これをカイナラ労組員や外部支援労組員らに指令した上、自らもその現場に出向いて実践していたことが認められる。

したがって、被控訴人は、違法性の高い本件スト(ピケ)やタクシーパレードを企画、決定、実行した最高責任者としての責任を免れない。

2  奈良駅前での営業妨害行為の幹部責任

(一) カイナラ労組員の杉浦隆、桝田一敏が、平成七年四月八日午前一〇時三〇分から午前一一時(当日のスト時間中)にかけて、近鉄奈良駅、JR奈良駅で客待ちしていた島田三郎、室井茂、松山武雄(いずれも大和労組員)に暴言を吐いて脅迫し、タクシー乗務を断念させて、控訴人の営業を妨害している(前示第三の四3)。

(二) 右営業妨害行為は、平成七年四月八日の本社車庫でのカイナラ労組員らによるピケ実行中になされたものである。島田、室井、松山らは、いずれも、四月八日の早朝本社車庫に出勤し、同車庫からタクシーに乗務し、勤務に就く予定であったが、カイナラ労組員らのピケによりタクシーを出庫できなかった。そこで、同人らは、ストの対象となっていない西ノ京営業所車庫、天理営業所車庫からタクシーに乗車し、勤務についていたのである(前示第三の四3(一))。

(三) 右杉浦、桝田による営業妨害行為について、被控訴人が同人らに対し、右営業妨害行為を指令したことを示す直接の証拠はない。

しかし、本社車庫のストライキ(ピケ)下にあるカイナラ労組員二名が、わざわざ近鉄奈良駅、JR奈良駅まで駆けつけて、当日本社車庫から出庫予定であった三運転手に対し、乗車を断念するように脅迫したのである。これは、本社車庫のスト(ピケ)に付随ないしその一環として行われたものと推認できる。

すなわち、このように、カイナラ労組員によるピケ実行中になされた右杉浦らによる営業妨害行為については、通常、被控訴人による当日の本社車庫でのスト(ピケ)の企画、指導と無関係に行われたものとは思えないからである。

したがって、特段の反証がない限り、右杉浦らによる営業妨害行為についても、被控訴人の企画、指導によるものと推認するのが合理的である。

(四) そして、本件では、右特段の反証がないから、右杉浦らによる営業妨害行為についても、幹部責任を免れない。

四  中岡に対する暴行、脅迫の検討

1  暴行、脅迫の内容、背景事情

(一) 被控訴人は、中岡に対し、「元盗人、わしは元暴力団や、なめたらただでおかんぞ」と暴言をはいて、中岡のネクタイを掴み引っ張るなどして、暴行、脅迫に及んでいる(前示第三の六1)。

(二) 被控訴人が中岡に対し、右暴行、脅迫に及んだ背景事情として、前示第三の六2のとおり、次の各事実がある。

(1) 中岡は、先の本社車庫でのストライキにおいて、控訴人の業務命令に従い先頭のタクシーに乗車し、車庫から出庫しようとした。被控訴人の眼には、スト破りを率先して実践した憎むべき者として映っていた。このようなことが、被控訴人が中岡に対し暴行、脅迫に及んだ背景事情となっている。

(2) 被控訴人が、本件暴行、脅迫に際して、中岡のことを元盗人と言ったのは、中岡が以前勤めていたタクシー会社との間で、待ち時間料金にからみトラブルがあったことを指している。しかし、この問題は既に和解で解決しているのに、被控訴人は中岡に対し、このことを持ち出し、中岡を侮辱したのである。

(3) 被控訴人は、暴力団組員と親交関係にある。そのようなことから、被控訴人は、本件暴行、脅迫に際し、中岡に対し、「わしは元暴力団や、なめたらただでおかんぞ」などと、暴言を吐いている。

2  暴行、脅迫の評価

(一) 使用者は、ストライキの期間中であっても、業務の遂行を継続するために必要とする対抗措置をとることができ、非組合員や別組合員により操業を継続してストライキの実効性を失わせることも、違法な対抗手段として認められている(前示一1)。

したがって、控訴人が、ストの当日、中岡に対し、本社車庫からのタクシー乗務を命ずることは、正当な行為として是認できる。ところが、この業務命令に従い、中岡が、スト当日、控訴人の業務命令に従い、先頭のタクシーに乗り込み、本社車庫から出庫しようとしたことが背景となって、被控訴人に暴行、脅迫されたのである。

控訴人にしてみれば、中岡が、控訴人の正当な業務命令に従ったばかりに、被控訴人から本件暴行、脅迫行為を受け、これを放置すれば、職場秩序を保つことが困難となる。これは、控訴人にとっては、単なる従業員間の些細で私的な喧嘩と見過ごせる問題ではないのである。

(二) しかも、被控訴人が中岡にはいた暴言にしても、既に解決済みのトラブルを持ち出してからかったり、被控訴人が暴力団関係者と親交があることを振りかざした乱暴なものである。その態様がよくない。

3  小括

以上の諸事実を総合すると、控訴人にとっては、その職場秩序を保つために、被控訴人の中岡に対する暴行、脅迫についても、軽微なものとして放置できないものである。

五  地労委の斡旋辞退等の評価

控訴人は、旧労働協約の平和条項、道義条項の規定により、地労委の斡旋の席につくべき義務があるのに、地労委の斡旋を辞退したり、同斡旋を応諾しようとする態度を示さなかった。このような控訴人の対応は、非難を受けてもやむを得ない(前示第四の二)。

六  本件ストに突入した経過

1  被控訴人の主張

(一) 近畿運輸局長は、平成七年七月二四日、奈良県地区のタクシー運賃の七・三パーセント引上げ改定を認可し、タクシー事業者に対し、「労働時間の短縮を速やかに実施し、乗務員の賃金改善を図ること。時短を実施することにより、乗務員の賃金を下げることのないようにすること。」とする通達を出した。ところが、控訴人の平成七年一二月二五日付け回答の内容は、右近畿運輸局長通達の内容を遵守しないものであった。

(二) そこで、奈良陸運支局輸送課長は、平成八年三月二七日付けで、「労働条件改善に係る業界指導方針」と題する書面を作成し、控訴人を同支局に呼び出した上、先の近畿運輸局長通達の内容を遵守するように行政指導した。しかし、控訴人は、右行政指導にも従わなかった。

(三) しかも、控訴人の賃金は、控訴人と同規模の奈良市内のタクシー事業者である服部タクシー株式会社の賃金に比べて、月額二万円以上も低かった。ところが、控訴人は、服部タクシーとの賃金格差是正を求めるカイナラ労組の要求に対しても、誠意ある回答を示さなかった。

(四) そこで、やむなく、カイナラ労組は、平成八年四月八日以降、本件ストに突入した。

2  検討

(一) 近畿運輸局長通達の遵守

控訴人は、前示のとおり、カイナラ労組に対し、一二月二五日付け回答を行い、同回答のなかで、賃金引下げのない時短、賃金改善に関し、誠実な回答をしている。同回答は、平成七年七月二四日付けの近畿運輸局長通達の内容を一応履行しているものと評価できる(前示第三の二1、2)。

そして、控訴人は、平成七年一二月二六日、大和労組との間で、乗務員の賃金、労働条件及び時短について、一二月二五日付け回答と同内容の労働協約を締結した(前示第三の二1)。

その上で、控訴人は、平成八年一月六日の団体交渉の場で、カイナラ労組に対し、一二月二五日付け回答の内容に基づき、平成八年一月分以降のカイナラ労組員の賃金の仮払いをすることを表明し、現に実行している(前示第三の二1)。

(二) 奈良陸運支局輸送課長の行政指導

奈良陸運支局輸送課長は、平成八年三月二七日、共闘会議に対し、「労働条件改善に係る業界指導方針」と題する書面を交付し、控訴人に対する行政指導を約している。これは、自発的になされたものではなく、共闘会議の座り込み戦術に基づき、やむなくなされた感を拭いきれない(前示第三の二3)。

いずれにせよ、奈良陸運支局が、控訴人の運賃改定に伴う労働条件改善が不十分だと認めたため、控訴人の責任者を同支局に呼び出し、事情聴取をしたものでないことは確かである(前示第三の二3)。

(三) 服部タクシーとの賃金格差

控訴人と服部タクシーとでは、どちらの実質賃金が多いのか、いずれとも認定しがたい。しかし、いずれにしてもそれは僅差であって、カイナラ労組が主張するように、控訴人と服部タクシーとの実質賃金の格差が月額二万円もあるとは認められない(前示第三の三2)。

むしろ、ボーナスも賃金に加算し、一か月の所定労働日数を同一に修正すると(控訴人の方が服部タクシーよりも一か月の所定労働日数が一日少ないため)、控訴人の方が服部タクシーよりも実質賃金が多いとの主張も捨て切れない(前示第三の三2)。

(四) 小括

以上によると、控訴人の一二月二四日付け回答の内容が形ばかりのものとは認められず、控訴人が運賃値上認可に伴う乗務員の賃金引き上げ問題について、カイナラ労組との間で不誠実な対応に終始したものとも認められない。カイナラ労組が本件ストに突入したことについて、非は全て控訴人側にあるなどとは到底いえず、被控訴人の前示1の主張はいずれも採用できない。

七  本件懲戒解雇処分の効力の検討

1  懲戒解雇事由の存否

(一) 被控訴人は、カイナラ労組委員長として、三次にわたる違法な本件スト(ピケ)や違法なタクシーパレードを企画、指導、実行した責任を免れない(前示一、二、三1)。カイナラ労組員による奈良駅タクシー乗り場での営業妨害についても、被控訴人は幹部責任を免れない(前示三2)。

(二) 被控訴人は、中岡に対し、前示のとおり、「元盗人、わしは元暴力団や、なめたらただでおかんぞ」と暴言をはいて、中岡のネクタイを掴み引っ張るなどして、暴行、脅迫に及んでいる(前示四)。

(三) 被控訴人の以上の非違行為は、控訴人の就業規則二二条四、五、八、一七号、七二条四号、七四条一、六、九、一二、一三号所定の懲戒解雇事由に該当する。

2  本件懲戒解雇処分の相当性、解雇権濫用の有無

(一) 事実関係

(1) 本件ストの規模(三日間にわたり、大和労組員・非組合員が乗車する延べ四五台のタクシーが出庫できなかった)、本件ピケの態様(多数のカイナラ労組員及び外部支援労組員らによるタクシー出庫の実力阻止)、奈良駅前での営業妨害行為等に照らせば、本件スト(ピケ)は違法性の強いものといわなければならない(前示一、三2)。

(2) 本件タクシーパレードは、控訴人の施設管理権を侵害し、従業員の就業時間中の職務専念義務、組合活動禁止義務に違反し、控訴人の名誉、信用を害する違法な組合活動であり、その違法性の程度は大きいといわざるを得ない(前示二)。

(3) 被控訴人の中岡に対する暴行、脅迫行為は、控訴人の企業秩序維持の観点からしても、またその情状においても、軽微なものとして放置しておくことはできないものである(前示四)。

(4) 控訴人が、運賃値上認可に伴う乗務員の賃金引き上げ問題について、カイナラ労組との間で不誠実な対応に終始したものとはいえない。カイナラ労組が本件ストに突入したことについて、非が全て控訴人側にあるなどともいえない(前示六)。

(5) 他方、控訴人は、旧労働協約の平和条項、道義条項の規定により、地労委の斡旋の席につくべき義務があるのに、地労委の斡旋を辞退したり、同斡旋を応諾しようとする態度を示さなかった。このような控訴人の対応は、非難を受けてもやむを得ない(前示五)。

(二) 検討

(1) 原判決は、被控訴人に懲戒解雇事由(三次にわたる違法なスト〔ピケ〕、違法なタクシーパレード、中岡に対する脅迫)が存在する事実を認めた。しかし、その企業秩序違反の程度が軽微であるとして、出勤停止はともかく、懲戒解雇相当の重大性はなく無効であると説示し、被控訴人も、予備的に、これと同趣旨の主張をしている。

(2) 就業規則七四条は、懲戒解雇につき、次のとおり定めている。

第七四条 従業員が次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇に処する。ただし、情状によっては出勤停止に止めることがある。

(1)ないし(13) (略)

(3) 就業規則七三条は、懲戒処分として、出勤停止または減給を定め、(1)ないし(9)号にその事由を挙げている。七四条(1)号ないし(13)号が定める懲戒解雇事由と、七三条(1)号ないし(9)号が定める懲戒事由は異なるものである。七三条(1)号と七四条一号とを比較、対照すれば明らかなように、右両条所定の懲戒事由は、明示的に重複ないし競合を避けた規定となっている。

(4) そうであれば、被控訴人の各行為(三次にわたる違法なスト〔ピケ〕、違法なタクシーパレード、中岡に対する暴行、脅迫)が就業規則七四条所定の懲戒解雇事由に該当する以上、控訴人は被控訴人を懲戒解雇に処することができるのである。ただ、控訴人は、その裁量により、同条但書に基づき、被控訴人に対し、「情状によっては出勤停止に止めることがある」に過ぎない。

したがって、当裁判所は、控訴人が七四条但書を適用しなかったことが、社会観念上著しく妥当を欠き裁量を濫用したと認められる場合に限り、本件懲戒解雇を違法と判断できるにすぎない。

(5) そして、被控訴人の前示各行為は、当該行為の性質、態様、情状、控訴人の事業の種類、規模、経営方針、被控訴人の会社における地位、職種等、諸般の事情から総合的に判断して、右行為により控訴人の企業秩序、社会的評価に及ぼす影響が相当重大なものであると認められる。

それ故、控訴人(会社)が、被控訴人に対し懲戒処分をするに際して、諸般の事情を総合して懲戒解雇処分を選択し、出勤停止としなかったからといって、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量を濫用したものとは認められない(なお、最判昭和五二・一二・二〇民集三一巻七号一一〇一頁参照)

(6) 以上のとおりであるから、被控訴人に有利な前示(一)(5)の事実を考慮しても、被控訴人の前示違法な争議行為に関連してなされた前示各行為を懲戒解雇事由とする本件懲戒解雇が、懲戒解雇処分としての相当性を欠くものとは認められないし、懲戒解雇権の濫用により無効であるともいえない。

3  不当労働行為

本件懲戒解雇処分は、被控訴人が、違法な本件スト(ピケ)、タクシーパレードを企画、指導、実行し、さらに、被控訴人が中岡に対し、暴行、脅迫に及んだことから、なされたものである。控訴人が、カイナラ労組の動揺と弱体化を企図した不当労働行為意思に基づき、本件懲戒解雇処分をしたものとは認められない。

4  懲戒解雇の手続的違法

(一) 解雇協議条項違反

旧労働協約一九条、二〇条は、前示のとおり、控訴人がカイナラ労組員を懲戒解雇するに当たり、カイナラ労組と協議することを定めた規定(解雇協議条項)ではない。新労働協約は未だ成立していない(前示第四の一、三)。

したがって、控訴人が本件懲戒解雇処分をするに当たり、カイナラ労組と協議していないからといって、本件懲戒解雇処分が解雇協議条項に違反して違法であるとはいえない。

(二) 弁明の機会の付与

(1) 被控訴人は、本件懲戒解雇は、事前に同人の弁明の機会が与えられなかったから、違法無効であると主張するので、以下検討する。

(2) 使用者の行う懲戒処分を、労働契約や集団的合意ではなく、企業秩序の違反者に対する制裁であると考える以上(最判昭和五二・一二・一三民集三一巻七号一〇三七頁参照)、それが私企業内の懲戒手続であるとの理由のみで、これは適正手続ないし自然的正義の原則に照らし、被処分者に弁明ないし弁解の機会を与えるべきであるとの保障の枠外にあるとはいえない。

しかし、一般に、懲戒手続は刑事手続とはその性質を異にし、またその目的に応じ多種多様で、懲戒処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、懲戒処分の内容、性質、その懲戒対象事実の性質、明確度等を総合較量して決定すべきものである。

懲戒処分では、就業規則に弁明、弁解の手続規定がない場合には、弁解聴取の機会を与えることにより、処分の基礎となる事実認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす可能性があるときに限り、その機会を与えないでした懲戒処分が違法となる。

(3) 控訴人の就業規則、旧労働協約には、控訴人が従業員、カイナラ労組員に懲戒権を行使するにあたり、当該被懲戒者に弁明の機会を与えることを義務づけた規定はない(<証拠略>)。また、控訴人には、従前から、従業員に懲戒権を行使するにあたり、当該被懲戒者に弁明の機会を与えるという慣行も存在しない(<人証略>)。

しかも、懲戒処分の理由となった事実の殆ど全部が、前認定のとおり明白で、弁解、聴取の機会を与えることにより、処分内容に影響を与えたものとは認められない。

(4) したがって、控訴人が本件懲戒解雇処分をするにあたり、被控訴人に弁明の機会を与えていないからといって、本件懲戒解雇処分が違法になるとはいえない。

第六結論

一  以上によると、本件懲戒解雇処分は有効であり、これが無効であることを前提とする被控訴人の本訴請求中、原判決主文一、二に係る部分はいずれも理由がないので、これを棄却すべきである。

二  そして、被控訴人の賃金の支払を求める請求中、本判決確定の日より後の賃金の支払を求める部分は、訴えの利益を欠き不適法であるから、これを却下すべきである。その理由は、原判決六八頁二行目の冒頭から五行目の「不適法というべきである。」までに記載のとおりであるから、これを引用する。

三  よって、右一と異なる原判決主文一、二項を取り消し、右取消に係る部分の被控訴人の請求をいずれも棄却し、その余の本件控訴(原判決主文三項の取消しを求める部分)は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 裁判官 紙浦健二)

《更生決定》

【決定】

控訴人 大和交通株式会社

右代表者代表取締役 北浦嘉蔵

右訴訟代理人弁護士 清水伸郎

(ほか四名)

被控訴人 壇定利

右訴訟代理人弁護士 石川元也

(ほか六名)

主文

右当事者間の当庁平成一〇年(ネ)第二八〇八号地位確認等請求控訴事件につき、平成一一年六月二九日当裁判所がなした判決理由欄に明白な誤謬があるから、職権により、次のとおり決定する。

主文

右判決理由欄を次のとおり更正する。

第一 八四頁末行目の「平成一一年」を「平成八年」と改める。

第二 九九頁八行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「(三) 就業規則に定める解雇基準との関係」

第三 一一七頁三行目及び八行目の各「平成七年」をいずれも「平成八年」と改める。

平成一一年七月一日

大阪高等裁判所第一〇民事部

裁判長裁判官 吉川義春

裁判官 小田耕治

裁判官 紙浦健二

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